日刊スポーツが「小6女児監禁男」に「プリキュア好き」と見出しをつけた意図。


最近、投稿をサボっていたので雑文です。
日刊スポーツを読んでたわけじゃなくて、ちょっと成田空港に用があり、帰りの特急電車の中で見ていたBLOGOSというWebサイトのことで、
「『小6女児監禁男はプリキュア好き』の見出しは不適切。。。」事件報道はどうあるべき?
という議論のページの話。
相当数にわたる議論(コメント)が積み重なっていたので読んでいました。
多くを占める意見は、「犯罪とプリキュア好きをあたかも関連するかのように見出しに書くことはNG」というところでしょうか。(個人的な感想です。簡単に言ってしまうのも不謹慎?ですが。)

読んでいたコメントの一遍にそんな感じのコトバがありました。
(引用させていただきます)

なぜ「犯人は居合い好き」ではなく「犯人はプリキュア好き」になったのか

少女系のアニメ好きやオタク=ロリータ嗜好が多い、という風潮が世間に少なからずあるから、日刊スポーツはその風潮をマジョリティと考え「プリキュア好き」という見出しをつけたのでしょう。ここではその風潮や認識がどうと議論をしているわけじゃなくて、日刊スポーツのこの種の見出しをつけた判断(少女系のアニメ好きやオタク→ロリータ嗜好が多い→大多数の意識→迎合して見出しにしちゃえ)に対して問われているのだろうけど、ある意味大衆週刊誌化しているスポーツ新聞だから炎上しないだけで、一般紙だったらあり得ない見出しでしょう。

ただ、マスコミが迎合する世間の風潮自体も、そんなスポーツ紙や週刊誌を含むマスコミの永年の報道によって受動的に形成されてきた刷り込みみたいな部分もあるわけで、犯罪と個人の嗜好の因果関係は、AVや暴力的なドラマなどが今まで何度もやり玉に挙げられきたのも確か。
犯人自ら「○○に影響されて」といった勝手な言い訳をのたまえば、科学的な因果関係など関係なく「ホラやっぱりね」的にマスコミもこぞって書きたてる。片やその「ホラやっぱりね」の支持層もいるわけです。

こういう大勢の人の意見を読んでいくと、自分の視野の浅さに気づかされたり、別の角度の意見があったりで、電車内の時間をつぶすにはちょうど良かったりするのですが、記事の最後のほうになると大体が罵倒しあうみたいな(苦笑)ところで電車も日暮里に着き、ノートPCを閉じました。

改めて言うことじゃないけど、議論ってのは読んでも疲れる。
たぶん、自分にキチンとした意見がないので、多くの意見を聞いて自分なりに意見を作ろうとしているんだろうな。

とりあえず今日知ったことは「プリキュア」を(題名ぐらいしか知らなかったので)検索して知ったWikipedia的知識と、あと寄せられたコメントに紹介されていた「なぜナチスを阻止できなかったのか-マルチン・ニーメラー牧師」のコトバ。

ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。
それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はそのたびにいつも不安をましたが、それでもなお行動にでることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だからたって行動にでたが、そのときはすでにおそかった。
( 丸山真男 『現代政治の思想と行動』 未来社 )

この文章は、コンテンツが規制されて自分達が楽しめなくなったら困る人が見出しに過敏に反応している、という意見者に対しての反論として提示されたものでしたが、思わぬところで良い話に出会えた感じでした。


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